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〜教育・ミニマリスト・幸福論〜

自分軸を大切に生きる 人生を変えるための秘訣

人生を変えるには環境を変えるしかなかった。

 

私は、35歳で公務員を退職し、大学院で自分のやりたかった芸術の研究をし、

現在は契約社員をしているアラフォー独身男性です。

 

よく言われるのは、

 

「よくその年で仕事辞めれたね」

「退職する勇気がすごい」

「非常勤でやっていけるの?」

「辞めないほうが良かったんじゃない?」

 

というようなお言葉です。私は前職が公務員のため、安定志向まっしぐらの人生でした。しかし、現在では、安定とは程遠い契約社員という立場で仕事をしています。

今日はなぜ、安定志向、辞めなければ安泰だったかもしれない公務員を辞めることができたのかと書いていきたいと思います。

 

1独身だったから

これはでかい!!

独身じゃないと動けないことって多いと思います。もちろん、結婚しても動く人は動きますが、子どもがいるとなかなか難しい…。

ここで言いたいのは、

動こうと思っているなら、さっさと動こう(動け!!)

ってことです。結婚するとなったら、今度は結婚への道のりになってしまいますし、お金もかかります。独身の方々、今みなさんはチャンスを握っています。今しかありません!!

2両親もとりあえず元気だったから

これもでかい!!

両親がとりあえず自活できていたらありがたい話です。しかし、私の両親も最近大きな手術をしました。アラフォーになると両親の年齡もそれなりになってきますから当然です。もし介護が必要になってしまったら、動くことは難しいんじゃないでしょうか。今、ご両親が健康であるならば、そこに感謝して、

さっさと動きましょう!

3尊敬できる上司が周りにいなかったから

10年以上社会人を経験したアラフォーは、尊敬するという熱い思いがなくなってきました。これは、周りが能がなしだという話ではなく、そもそもの

「尊敬する」という意味合いが変わってくるということです。

20代の頃は、尊敬=仕事できる先輩すごい、とか単純な話で、それで憧れ(=尊敬の熱量)みたいなのがあったんですが、アラフォーになると、いろんなことが見えだして

あまり尊敬していなかった人でも

「あ、この人も実は大変だったんだな」とか

「この人、子育てもして残業してあんなに疲れてるからミスっても仕方ないよな」とか

ある意味で全員を尊敬できるようになってしまっがゆえ、強烈な憧れというものがなくなったという話です。

これは、同時に自分の至らなさを実感するものでもありました。

「こんな人でも実は裏でもがいてるんだよな、自分は・・・もがいてるのか??」みたいな。

そういう意味で、自分をもう一度「尊敬できる自分」押し上げることが重要ではないかと思うようになったんです。

自分への挑戦。安定を捨てて、もがきたかったのかもしれません(ただのMかも)

4次に進むためには、仕事だけでは突破できないと感じたから

私だけでなく、30代はいろんな岐路に立たされていると思います。男も女も関係なく。

仕事ではある程度のポジションに付く人もいれば、そうでない人生を選ぶ人も。

結婚する人もいればそうでない人も

子どもをつくる人もいればそうでない人も

 

「人生のステージを彩るには、仕事だけをやっていても充実したものはならなそう」

 

自分は独身でしたので、結婚も子どもも自分の人生の彩りにはなりえそうにありませんでした。普通であれば、有り余ったエネルギーを婚活なりに使うのかもしれませんが…。しかし、私のようにそもそも結婚に興味のない人もいるわけです(ここ大事!)

 

で、そういう人は仕事に没頭する、趣味にはしる、推しに貢ぐなどさまざま選択肢があるわけですが、私にはなーんにもなかったんです。唯一あったのが、「芸術への憧れ」でした。仕事だけでは、自分の人生は仕事になる。しかも、ずっと安定した仕事。安定という色は、私にとって「彩り」とは違うものだったのかもしれません。

5定年まで公務員をつづける未来を想像できなかったから

35歳で退職しましたが、現在は65歳が定年となっているようです。(定年って60じゃないのかよ!時代とともに変わるんかい!!)

私の職場でも言われていたのが

 

「定年ってもっと延びるよね、きっと」

 

35歳の時点であと30年。

この30年間の間に定年はもっと延びる可能性がある・・・。そう考えるといつまで働けばいいんだろう。もちろんその仕事が好きならそれでいい。でもね、好きじゃない仕事もたくさん含まれています。(仕事なんて大体そんなもん)もしかしたらそれをあと35年続けなければならないかもしれない・・・いや40年続けなければいけないかもしれない・・・いや、もしかしたら定年っていう概念もなくなるかも・・・。定年ギリギリまでこの仕事をしていたいかと言われれば、全く「NO!!」でした。

 

60歳になったら、自分の好きな芸術を近所の人と一緒にやりたい

60歳になったら、芸術教室を家の一角につくってサロンみたいにしたい

 

だったら、今からその準備を始めればいいじゃん!

想像できない定年とその後の生活よりも、やりたいと思っている明確な生活スタイル方が自分をやる気にさせてくれました。

6自分の人生に責任を持ちたかったから

私の人生を振り返ると、自分の意思で決めたことってあまりありません。

もちろん、選択してきたのは最終的に自分だし、そういう意味では自分で決めてきたんですが…。でもその選択の基準は

 

・親に反対されない

・他の人に行っても恥ずかしくない

・とりあえず食いっぱぐれない

 

という感じのまさに「他人軸」で物事を決めていました。(いまでもそういう部分はある(泣))

 

でも、小さい時からの興味関心は、

 

・歌手

・楽器

・ダンス

・服

・芸術

 

みたいな、食いっぱぐれまくりのものばかりにあったんです。

だから、35歳になって退職して大学院に進学した時、

 

初めて「好き」なものを選択できた

 

という達成感と満足感があったのを覚えています。これは、まさに「自分軸」!!

自分の人生に責任を持てた感覚がありました。

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というわけで、長々と書きましたが、

 

自分の人生を切り開くには、行動し、環境を変えるしかなかった

 

ので、35歳で退職という決断にいたったわけです。

今でもこの決断をしてくれた自分には感謝しています。

自分の人生の一部を自分の意思で決めるという当たり前のことは、社会的動物である人間にとって難しいことです。

これから、さらなる困難があっても自分軸を大切に生きていこうと思います。

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!

 

 

 

大学院進学の意義と魅力:35歳社会人の挑戦記

 

私は35歳で大学院に入学しました。

周りから相当反対されました。特に同僚からは反対されました。

しかし、今年(2024)3月に大学院を修了し、大学院に入学して心から良かったと思っています。今回はその理由、及び社会人になってから大学院に入学する意味について書いていこうと思います。

 

小さい頃の夢や疑問を大人になっても解決したかった

私は、幼少期から音楽やダンス、服や髪型などデザインや美術、芸術に関心がある子どもでした。音楽が大好きで歌手になりたいと思っていたこともあります。しかし、さまざまな現実を見ることで、夢は次第に薄れ、より現実的な将来を考えるようになりました。結局、大学を卒業後、公務員となり仕事を始めます。しかし、幼少期に感じた芸術への憧れやその時抱いていた芸術への疑問や不満は大人になっても消えることはありませんでした。仕事をしていて時間にも余裕がなく、次第にストレスばかりが溜まるようになっていまいました。

現状の仕事の壁を解決する方法はビジネス書には載ってなかった

私は公務員を10年以上続けました。仕事にも慣れてくると同時に、壁にぶち当たることも多くなってきました。若手への接し方、リーダー的ポジションの振る舞い方、時間の使い方など、たくさんの壁にぶち当たりながらも、なんとかやり過ごしてきました。しかし、その根本となる壁についてはどの本にも書いていなかったように思います。

 

・どうして働くのか?

・この労働は何になっているのか? 自分にとっての意味はなにか?

・労働ってそもそもなんだ?

・芸術って労働になりえるのか? 今はただの余暇の暇つぶしなのか?

 

こんなことを考えるようになってきたのです。もちろん、ビジネス書は基本的にハウツー本のものが多いので、根本的な解決よりも、表面的、対処療法的な方法を得意としています。私もビジネス書を読んできましたが、答えになるものはありませんでした。

旅行に行っても新しい自分に出会えなかった

旅行をすることは多くのインフルエンサーや実業家の方が、おすすめする趣味の1つです。実際旅行をすることで新しい知見を得たり、刺激をもらうことができます。私は、それまで海外に行ったことがなかったですが、思い切って1人で韓国と台湾に行ってみました。しかし、自分を発見することはできませんでした。むしろ、自己嫌悪におちいったくらいです。話せない自分、注文できない自分、トイレに焦る自分。海外に行くと、変われる気がするみたいな幻想を抱きがちですが、むしろ逆です。海外という未知の世界が、自分をより惨めなものとして浮き上がらせてくれます。

「あ、自分ってやっぱり何もできないんだな」

「海外に行ったからっておしゃれになるわけではないな」

新しい自分ではなく、今までの自分を再確認するのが旅行です。

誰も自分の疑問について答えを持ち合わせていなかった

幼少期から疑問を持っていた自分にとって、その答えとなるものを探すのは当然のことでした。しかし、その答えらしきものは自分の手の届くところにはなかったのが事実です。というか、探し方もわかっていなかったし、どこの何を調べればいいのかもわかっていませんでした。しかも時間もない。

さらに、驚くべきことは、専門家のような人に聞いてもあまりいい返事が返ってきませんでした。つまり、私が疑問に思っていたことは、あまりその業界では疑問に思われていなかったということです。芸術ってそもそも何?という根本的な問題は置き去りにされ、芸術の技法・方法(描き方や演奏の仕方)ばかりに目を向けられている現状には誰も疑問を持っていないようでした。

 

上記のことを解決してくれるのが大学院でした。幸い、私が所属した研究室の教授は、私の疑問に対して、全く否定せず、かつさまざまな方面からご助言をいただける先生でした(本当に偶然です。普通だったらそんなことよりも「作品を作れ」と言われてしまう…)ありがたい話です。

 

大学という場所は自分で研究課題を持ち、自分で研究を進めていかなければなりません。教授はあくまでアドバイザーであり、研究をお手伝いしてくれる部分はあっても教授から手取り足取り指示があるわけではありません。(基本はそうですが、最近の大学は結構手取り足取り教えてくれる大学も増えたようです。)

これは仕事でも同じですよね。社会人を経験していると逆算することや、計画を立てること、メールのやり取りや、コミュニケーションの取り方も経験をもとに、学生時代とは違うスムーズなやり取りが可能になります。

また、用意されている大学院も通学のものから、通信制のもの、社会人に特化したものや、若い学生たちと切磋琢磨できるものまで多種多様な大学院が存在します。一切通学をせずオンラインで完結する大学もあるし、通学して対面で議論できる大学院も存在します。現代において、学び方は一様ではありません。

大学院、ぜひ検討してみてください!

大学院生活の魅力とは? 35歳公務員が退職して大学院に入った話。

大学院卒業しました。(本来は修了か?)

とても充実した2年間でした。35歳にもなってもう一度学びたいと思えるなんて夢にも思っていませんでした。(大人になれば、勉強したくなるっていう理由がなんとなくわかります…。)

 

大学院生活のここがイイ!!

・自由な時間を取れる

・若い世代を交流がもてる

・大学教授との距離が近い

・昔とちがってほとんどのことがオンラインでできる

・人脈が増える

・自分の興味をもってくれる人が増える

・研究が楽しくなってくる

 

色々ありますが、とにかく今まで仕事に使ってきた時間と労力を自分と自分の研究のために使えるというのが最高でした。

また教授との出会いも最高でした。

大学時代の教授との付き合い方って、なんか他人行儀で世代間格差を埋められない感じでしたけど、いろんな意味で教授を近く感じることができ、研究の悩みや方向性を相談できたのは大きかったです。

 

それから、学割を使えることも大きかったです!

私の研究フィールドは日本の伝統文化に関わることなので、

博物館や美術館へ行く回数が必然的に多くなります。その時の入場料が学割になることや、大学がキャンパスメンバーに加入していると常設展は無料になったりしていました。これはでかい!!2年間でのべ100回以上展覧会に行った私としては本当にありがたい制度でした!!

 

学生という身分を思いっきり使い倒すには、

学生限定の制度を利用しまくるしかありません。

・学生限定の割引

・学生限定の出資金

・学生限定のサービス

あげればキリがないですが、使い倒すことによって無職でも相当な節約ができます。

(特にアマゾンプライムの学生版はおすすめ!!)

 

卒業して思うことは

35歳で公務員退職して、大学院行って良かった!!ということです。

 

4月からは、給料は前職に比べてガタ落ちですが、契約社員として働くことになりました。そして、空いた時間を使って新しい事業を始める予定です。まずは契約社員として、クイブチをつなぎ、いろんな人の力を借りて挑戦をしようと思います。

 

もちろん、新しい事業の内容は

「日本の美術・芸術分野を軸」にしたものです。

これはまさに大学院で研究してきたことです。自分がまさか、日本の美術や芸術について考えたり、発信したりする立場になるなんて…。

これも、自分で決断をして、公務員を辞め、大学院にいき、自分の興味を深めたからだと思っています。

 

今、人生に悩んでいる方。

仕事をやめたいと思っている方。

なにか壁にぶち当たってモヤモヤしている方。

 

大学院イイですよ。自分さえしっかりしていれば、いろんな世界を見ることができると思います!!

 

37歳・無職・大学院生活における学びについて。挑戦と成果

お久しぶりです。

大学院生活もあと3ヶ月になりました。

ここらで、大学院生活での出来事、大学院に入ってよかった点、挑戦したことなどまとめていきたいと思います。

 

大学院で学んだこと

1 書道を中心とした芸術について

書道という文化をとおして、様々なことを学びました。書道という視点から世の中を見てみると、書道が抱えている問題が実は、世の中の問題とも直結しており、どの分野でも同じような問題、課題を抱えているということを理解しました。

これが大学院だよな、と思います。

 

2 仕事はほどほどでもいいのでは

結局、自分は2年間長期的なバイトのようなものはしませんでした。貯金を崩しながら生活していましたが、授業料は免除でしたし、イライラもしないので散財することもほとんどありませんでした。結果、お金を使わない生活ができた(身についた)と感じています。

 

3 自分の未来は考えても出てこない

来年度には、大学院を卒業する予定ですが、正直に就職先もなにも決まっていません。どうしようという気持ちもありますが、そこまで自分自身を心配してもいません。これが退職の効果だと思います。

 

大学院に入ってよかったこと

1 学ぶ姿勢は自分からがスタンダード

自分で何を学びたいのか、研究したいのか、これは大学院生活で1番重要だと思います。決まっていないと多分何も面白くないし、充実もしません。大学院生活は仕事をしている時とは比べ物にならないほど時間があります。自分の研究テーマに関係しそうな本は片っ端から読みまくって床につく、というのが健全な大学院生活だと思います。

 

2 時間がある

私はとにかく、美術館、博物館、旅行、ブログ、講演会、作品制作など、明らかに仕事をやっているときにはできなかったことに挑戦しました。ラジオデビューできたこと、一人カラオケに行ったこと、ハンドドリップでコーヒーを飲んだこと…。時間があるからできることに挑戦できました。そして、まだあと3ヶ月でやれることはたくさんありそうです。楽しみます。

 

3 人生を取り戻せる

人生を取り戻すなんて大げさかもしれませんが、確実に自分の未来について考えることができました。と言っても、自分の就職先が決まったわけではありません。自分が何が好きで、何が嫌いなのか、なんで好きで、なんで嫌いなのかということについて、解像度を上げて知ることができたということです。これをしっかり自分の中で醸成できたのは重要だと思います。

 

4 教授たちはなんだかんだで学問のプロ

大学時代と大学院時代では、明らかに自分のスタンスが違います。教授への接し方も変わります。質問の質も質問に対する回答も全然違います。そういう中で

 

大学院に入ってから挑戦したことリスト(未達成含む)

1 ラジオに出演…いい声になりたいなって思った。これもいい経験

2 展覧会の開催…求められているもの、求めているもの、需要と供給

3 サイトを作ってみた…センスが試されます。

4 筋トレしてみた…これは続かなかったな。やはり一度パーソナルに行ったほうがいいかも

5 毎朝おにぎりを作って大学へ…1ヶ月だけ達成。やり方は身についたので、これからはうまくできそう

6 早起きの習慣化…大学院生には無理でした。

7 歌ってみた動画をつくってみた…まだ挑戦できていない。需要あるのか?

8 作品を大量に作った…作品を作っても残すように加工しないとすぐ捨ててしまうことが判明。その時にしかかけないものもあるから、裏打ちなりして残しておくべき。

 

大学院生活もあと少し。もう少し遊びたいと思います!

 

 

 

 

 

美術館と博物館を満喫して、夏休み終了(泣)

夏休みが終了しました。

明日から、働きマンに戻りたいと思います。

今年の夏休みを総括します。

 

出光美術館

根津美術館

岩手県立博物館

岩手県立図書館

・成島和紙

・東山和紙

・墓参り

・清次郎

・肉の米内

 

結構充実しておりました。

毎年、こんな感じだったんだろうけど、仕事しているときは

明日から始まる仕事が嫌すぎて楽しむ気になれなませんでした。

 

結局楽しむためにはストレスフリーな生活にしないと無理なんだなと感じています。

ストレスがないから楽しめる

 

明日の仕事に行きたくないと思ってしまう仕事はしない。

責任がありすぎる仕事はしない。

そういうことなんだと思います。

 

豊かさはすでに持っているのではという話

だんだんと、このブログが備忘録的な一面を帯びてきたが、それはそれでいいので続けていきたい。

 

捨てるという概念と持つという概念について考えることがある。

 

捨てることは持つこと、とか

捨てることによって豊かさを得た、とか

 

捨てることと得ることは一体となっているようで、この表現に違和感を抱くことはない。

しかし、最近この得るという動詞に対して違和感を持った。

 

結論から言うと、得るのではなく、見つけた、とか気づいた、とかの方が圧倒的にしっくりくるということだ。

豊かさはそこらへんにゴロゴロ転がっている。

しかし、それに気づくことができないでいる。

時間に追われ、仕事に謀殺されていれば、豊かさなんて全く気づくことはない。

 

最近ようつべで見た動画で、

時間、数値化、フィードバック、成果、評価、価値

みたいなワードを連呼するビジネス系の啓発動画を見た。

 

まるでそれが正義かのように話をしていた。

再生回数もすごいから、きっとそういう系の動画は人気なのだろう。

話をしている人も、有名企業にいた人ばかりで、そういうことが大好きな人たちなのだと思う。

 

かく言う私も、そうやって見始めたわけだから、ある意味戦略にハマってしまった人なのだと思う。

 

しかし、視聴を途中でやめてしまった。

なぜかはよくわからないのだが、この数値化とか、価値とかに意味を感じなくなってしまったからだ。

特に数値化という概念は、便利であるが、人をジリジリと苦しめていく。

豊かさを蝕む、元凶だとも思っている。

 

世の中は、さまざまなことを数値としてみることができるようになった。

数値にできるように、評価の仕方も進化し、より数値化がしやすくなった。

 

そうなると、人は、どうあるべきか、という部分を置き去りにして、

どうするべきか、ということばかりに目を向けてしまう。

 

どうあるべきか、は明らかに人間の豊かさを考える契機になる

しかし、どうするべきか、のような方法を議論することは、人間を更に苦しめかねない。

 

だからこそ、人間は豊かさを求めるのかもしれない。

豊かさは曖昧である。数値は具体的であり、否定し難い

豊かさは見えない。数値は見えないものも見えるようにしてしまう

豊かさは共通理解を必要としない。数値は共通言語としての役割を果たしている

 

私達が今考えなければならないのは、数値からの脱却なのかもしれない。

 

私達はすでに、持っているのである。捨てたら得るのではない。

捨てたら、元々もっていたものが見えてくるだけなのだと思う。

見た目を変えることはワクワクする

お盆期間なので、地元に帰ってきている。

今日は、以前懇意にしていた美容室に散髪に行った。

 

地元を離れ、1年半になるが、ここの美容室は頻繁にお世話になっていた。

予約をしようとすると、担当してくれていた美容師さんが、独立し、新しい店舗を経営しているという。

 

年齢も同年代で、話しやすい美容師さんだったが、まさか独立していたなんて。

 

驚きと羨ましさで、すぐに予約を入れた。

 

以前、頻繁に通っていたが、仕事をやめたことも、大学院に入学することも何も言わず、の状態での再開だった。

 

お久しぶりです、というお互いの挨拶のあとは、仕事の話にもなった。

もちろん、退職したこと、大学院だから髪型も自由だよ、ということを伝えると、様々な髪型を提案してくれた。

 

ここがこの美容師さんの素敵なところである。

 

私のように外見を気にかけたいとは思うものの、正直似合う髪型も、似合う長さも分からないような人間にとってはこの提案はありがたい話なのである。

 

独立についても聞いてみた。

「借金だらけで、リスクばっかりですけどね」

言葉は弱気だが、全く絶望や悲嘆は感じられない。謙虚なのだろう。期待感が自分にもあるのだろう。

「前の店舗とすごく近くて、探しやすかったよ」私がそう言うと

「やっぱり、せっかく来てくれるお客さんに独立するからって遠くに行きます、っていうのはなんか違う気がして」という答えが返ってきた。

この感覚がこの美容師を美容師たらしめているのだろう。会話の中の言葉の重みがそこだけ違う気がした。

 

私が現在住んでいる地域は、ここと比べたら都会が近く、美容室もごまんとある。最近通っていた美容室も悪くはないが、髪型がパターン化してきた。

もちろん、私が、髪型について要望を出さず、

 

「かっこよくしてください」

「イケメンにしてください」

などという意味不明な要求をするから最終的にいつものパターンになってしまうのだろう。

 

最終的に今日の髪型は、いつもとは違う髪型になった。

色々提案してくれた中で、私が

「最近同じ髪型でつまらない」といった時、すかさず

「前髪伸ばしてみるのも全然似合いますよ」とアシストを入れてくれた。

 

前髪を伸ばすという選択肢はまったくなかった。

これなんだろうな、美容師に求めているヒアリングって、とその時思った。

 

更に提案をされ、なぜか未来を想像し、テンションが上がってしまった。

 

美容室を変えることは勇気がいることだと思う。

現状維持バイアスがある以上、わたしたちはこれ以上悪くならないと思われる選択肢を選びがちだ。

久しぶりに地元に帰り、久しぶりに新しい髪型を提案された。

これからの髪型の方向性としての最終的なゴールは、パーマである。

それまでに挫折せずに伸ばし続ける。

多くの人が伸びるのを待たずして切ってしまうらしい。

 

長い戦いになりそうだが、なぜかワクワクしている。

美容室を変えることは、人生を変えることに一役かっているのだと確信した瞬間であった。